ノルディック複合界のレジェンド・渡部暁斗選手が、2026年ミラノ・コルティナ五輪で自身6回目となるオリンピック出場に挑みます。
トリノ2006で、17歳の高校生として初出場してから20年
銀、銅のメダルの積み重ね、世界の頂点を争い続けてきた男が、『最後』と決めた舞台で何を表現しようとしているのか。
本記事では、渡部暁斗選手の五輪の軌跡と共に、ミラノ五輪に懸ける思いを振り返ります。
渡部暁斗が挑む『6回目のオリンピック』という異例の領域
6度の五輪出場は、決して当たり前ではありません。
競技寿命の短いウィンタースポーツにおいて、20年に渡り第一線に立ち続けること自体が奇跡に近いと言えるでしょう。
渡部選手はこれまで、
- ソチ2014年:銀メダル
- 平昌2018:銀メダル
- 北京2022:個人・団体で銅メダル
と、3大会連続でメダルを獲得。
そして2026年、37歳で迎えるミラノ五輪を競技人生の集大成と位置付けています。
直感力で戦う男がたどり着いた境地
渡部選手が語るオリンピックは『計画通りにいかない場所』。
想定外が連続する極限の舞台で、最後にものを言うのは直感力だと言います。
「目の前に起こったことに対して、どれだけ素早く最善をの策を選べるか。」
300戦以上のW杯出場を通して磨かれたその感覚は、経験値そのもの。
年齢を重ねた今だからこそ持てる武器とも言えるでしょう。
トリノ2006″覚悟を知らなかった17歳の原点”
渡部暁斗選手の五輪物語は、トリノから始まりました。
『楽しかった』だけが残った初五輪
当時17歳。
ワールドカップ出場経験も乏しい中での抜擢でした。
「戦う覚悟もなく、ただ楽しかった」
この率直な振り返りが印象的です。
結果は19位。
しかし、この経験が後々の渡部暁斗選手にオリンピックとは何かを強烈に刻み込むことになります。
バンクーバー2010″実力と覚悟のギャップに苦しんだ4年間 “
2度目の五輪は、『メダルを取りに行く』と宣言して臨んだ大会でした。
気持ちが先行した苦い経験
「取りに行く覚悟はあったけど、実力が伴っていなかった」
この自己分析は非常にリアルです。
結果は9位が最高。
悔しさと同時に、「もっと強くならなければ」という確かな指針を得た大会でした。
ソチ2014″初メダルがもたらした自信と欲”
3度目の五輪で、ついに表彰台へ。
銀メダルが変えた意識
「自分でも世界で勝てる」
W杯初優勝を経て臨んだソチでは、個人ノーマルヒルで銀メダルを獲得。
しかし、喜びの後に芽生えたのは、『金を取りたい』という新たな欲でした。
この感情が、次の4年間を支える原動力になります。
平昌2018″世界ランク1位として挑んだ金への挑戦”
平昌五輪は、明確に『金』を狙った大会。
痛みと悔しさの中で掴んだ銀
肋軟骨骨折というアクシデントを抱えながらの出場。
それでも銀メダルを獲得した姿は、強さの証明でした。
「悔しさは大きかった」
この言葉に、世界一を本気で狙った者だけが持つ重みを感じます。
北京2022″競うだけではない″五輪の価値に気づいた大会”
コロナ禍で迎えた北京五輪。
『楽しむ』という新しい視点
「オリンピックを楽しめたのは北京が一番】
競技人生の後半で、結果以外の価値に気づいた渡部選手。
個人・団体で銅メダルを獲得し、スポーツの本質を改めて感じた大会でした。
ミラノ・コルティナ2026″全てを注ぎ込む最後の舞台”
そして迎える6度目の五輪。
舞台は、渡部暁斗選手のキャリアを語る上で欠かせないイタリア。
『自分とは何だったのか』を表現する場所
「今まで集めてきたものを全部注ぎ込む」
引退を決めたからこそ、迷いはない。
直感力、探究心、経験、全てを表現する覚悟が伝わってきます。
団体戦への思いも強く、『誰が出ても応援したい』という言葉からは、競技人生の集大成にふさわしい人間性が滲みます。
団体戦・個人戦ごとの注意ポイント
ミラノ・コルティナ2026は、渡部暁斗選手にとって『もう一度勝つための大会』ではありません。
これまで積み重ねてきた時間、迷い、選択、失敗、成功――
その全てを静かに差し出す場所なのです。
【個人戦】『まだできる』ではなく『ここまできた』走り
6回目のオリンピック。
この言葉だけで、どれほどの重みがあるのでしょうか。
渡部暁斗の個人戦は、勢いでねじ伏せる勝負ではなく、一瞬一瞬を
“感じ取りながら進む戦い”
になるでしょう。
雪の感触、空気の流れ、体の反応。
長年の経験があるからこそ、頭で考える前に身体が答えを出すのです。
本人が『直感だけで生きてる』と笑って言う裏には、何百試合もの失敗と修正があります。
- 若さで挑んだトリノ。
- 覚悟を知ったバンクーバー。
- メダルの重さを知ったソチと平昌。
- 楽しむことを思い出したけ北京。
その全てを背負って迎えるラストランは、”勝つため”というより『自分は何者だったか』を確かめる時間に見えます。
【団体戦】メダル以上に残したい『想い』
団体での渡部暁斗さんは、もう”自分が主役である必要”はないと語ります。
それでもそこに立つだけで、チームの空気が整う存在でありたいと願います。
『誰が出てもいい』
『応援する側になってもいい』
この言葉は簡単に言えるものではありません。
ずっと先頭で戦ってきた選手だからこそ出てくる言葉です。
北京で味わった団体のメダルの喜びは、『一人で獲るよりもずっと大きい』と語りました。
ミラノでは、誰かの背中を押す役目になるかもしれないし、最後にもう一度、仲間と肩を並べて滑るかもしれません。
どちらに転んでも、そこには渡部さんらしい選択があります。
個人も団体も”結果の先”を見届けたい
ミラノ・コルティナ2026は”記録”の為の大会ではなく、”記憶”に残るための大会にはなるでしょう。
個人戦では『自分の全てを出し切った』と言える走りを。
団体戦では、『このチームで良かった』と思える瞬間を。
ゴールの先に立つ渡部暁斗が、どんな表情をしているのか。
それを見届けること自体が、このオリンピックの価値なのかもしれません。
【まとめ】渡部暁斗の6回目は『結果以上の物語』を見る五輪
渡部暁斗選手のミラノ五輪は、単なる6回目の出場だけではありせん。
17歳で覚悟を知らずに立った舞台から、37歳で『自分とは何だったのか』を表現する場所へ。
結果はもちろん大切ですが、その滑り、その選択、その表情一つ一つに、20年分の物語が詰まっています。
ミラノ・コルティナ2026
渡部暁斗というアスリートの集大成の瞬間を、ぜひ見届けたいところです。



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